こんにちわ!お久しぶりです!
さて、名古屋では桜もすっかり散り、そろそろ梅の実も見受けられる時期になってまいりました。
さて前回予告した当派遣隊制服についてです!

写真はアウステン山慰霊碑前にて集結した派遣隊
上記の写真から見てとれるかと思いますが、カーキ色の作業服上下に日の丸(JYMA隊員はJYMAワッペンを併用)、同色の帽子が当隊の制服になります。ベルトはバンドは同色、バックルは黒、端の部分は1cmで切断するように統一されています。
もともとは2,3年前より全国ソロモン会にて採用されていたものをさらに派遣隊用にふさわしく改変し採用しました。
いうまでもありませんがジャングルの中では動くのに適した機能性が求められ、さらに、はたから見た精悍さが求められます。また、全員で同じ服装を身につけることによって団結心を得ることができたことは前回お伝えしたとおりです。
余談ですが、隊長殿が初めて密林にに行かれた時はお寺でいつも来ている作務衣を”当然のごとく”着て行かれたそうですが、引っかかるわ、動きにくいわで大変だったそうです^^;

画像は作務衣(注:隊長殿ではありません笑)
ちなみにこの制服は通常”活動服”と呼ばれています。「ベルトの端を一センチ残して切断」やら「活動服」という名称を聞いてピンと来るかたもおられるかもしれませんが、これはもともと消防の文化です。隊長殿は平素は地元消防団員として活躍されているため、消防の文化が派遣隊でも取り入れられることとなりました。ちなみに自衛隊にも似たような文化があり、こちらは「ベルトの端を三センチ残して切断」し、制服(迷彩服)を「作業服」と呼称します。
部屋の片隅につり下がった「活動服」をみて「嗚呼、あのころよ戻って来い!」と心の中で叫ぶ管理人でした。
さて、名古屋では桜もすっかり散り、そろそろ梅の実も見受けられる時期になってまいりました。
さて前回予告した当派遣隊制服についてです!

写真はアウステン山慰霊碑前にて集結した派遣隊
上記の写真から見てとれるかと思いますが、カーキ色の作業服上下に日の丸(JYMA隊員はJYMAワッペンを併用)、同色の帽子が当隊の制服になります。ベルトはバンドは同色、バックルは黒、端の部分は1cmで切断するように統一されています。
もともとは2,3年前より全国ソロモン会にて採用されていたものをさらに派遣隊用にふさわしく改変し採用しました。
いうまでもありませんがジャングルの中では動くのに適した機能性が求められ、さらに、はたから見た精悍さが求められます。また、全員で同じ服装を身につけることによって団結心を得ることができたことは前回お伝えしたとおりです。
余談ですが、隊長殿が初めて密林にに行かれた時はお寺でいつも来ている作務衣を”当然のごとく”着て行かれたそうですが、引っかかるわ、動きにくいわで大変だったそうです^^;

画像は作務衣(注:隊長殿ではありません笑)
ちなみにこの制服は通常”活動服”と呼ばれています。「ベルトの端を一センチ残して切断」やら「活動服」という名称を聞いてピンと来るかたもおられるかもしれませんが、これはもともと消防の文化です。隊長殿は平素は地元消防団員として活躍されているため、消防の文化が派遣隊でも取り入れられることとなりました。ちなみに自衛隊にも似たような文化があり、こちらは「ベルトの端を三センチ残して切断」し、制服(迷彩服)を「作業服」と呼称します。
部屋の片隅につり下がった「活動服」をみて「嗚呼、あのころよ戻って来い!」と心の中で叫ぶ管理人でした。
お久しぶりです!←
桜も咲き始める季節となりました!(前回は梅で今回桜ですね!ちなみにブログは花時計で運営しているわけではありません)
私も4月より勤めを始めてしまい、いよいよ新しい季節が始まったなと実感する日々です。
とりあえず、仕事よりも顔と名前を一致させるのがここのところの私の仕事と上司には言われています。
人間関係を構築しなさいということなのでしょう。
当派遣隊でも人間関係の構築は力を入れた事前準備でありました。
何度も言いましたように当隊の活動地域は常に危険の伴う密林です。このような地域でもしも隊員同士が仲たがいをするようなことがあれば、けがや事故につながることはもちろん、為せることも為せずに終わるでしょう。
「隊員の団結」を深めるために行ったこととして、事前会同と登山訓練を挙げることができます。
1、事前会同
先週末も第二回の派遣に向けた第二回目の会同が行われました。今回は一カ月につき一回の割合で行っていますが、前回は二カ月に一回の割合で行われました。内容は自己紹介に始まり、ガ島戦史、礼法、骨格概要、無線交信要領etc・・・などなど必要知識の勉強や物資の仕分けなどが主でしたが、それ以上に隊員同士の顔合わせの場として大きな役割を果たしました。
2、登山訓練
登山訓練は体力づくりもさることながら、実際の無線交信や夜間行進など実地で使える技術、体験の実習を行いました。
もちろんこの訓練を通して隊員の中が深まったことは言うまでもありません。
主に奥多摩の山々で行いましたのでひょっとすると見掛けられた方もおられたかもしれません。
ちなみに体力づくりという側面からは一人平均10L(10kg)ほどの水を負荷として背負ったのですが、たった10kg、20kgというなかれ!実際に背って登ってみるとかなりしんどいのです!
今となってはいずれも良い思い出ですが^^、これらのことを行うにも「事前準備」が必要であり、何をするにしても楽ではないな〜と思い知った次第です。
次回はこちらも「隊員の団結」に一役買ったものとして、「制服」を紹介したいと思います。
桜も咲き始める季節となりました!(前回は梅で今回桜ですね!ちなみにブログは花時計で運営しているわけではありません)
私も4月より勤めを始めてしまい、いよいよ新しい季節が始まったなと実感する日々です。
とりあえず、仕事よりも顔と名前を一致させるのがここのところの私の仕事と上司には言われています。
人間関係を構築しなさいということなのでしょう。
当派遣隊でも人間関係の構築は力を入れた事前準備でありました。
何度も言いましたように当隊の活動地域は常に危険の伴う密林です。このような地域でもしも隊員同士が仲たがいをするようなことがあれば、けがや事故につながることはもちろん、為せることも為せずに終わるでしょう。
「隊員の団結」を深めるために行ったこととして、事前会同と登山訓練を挙げることができます。
1、事前会同
先週末も第二回の派遣に向けた第二回目の会同が行われました。今回は一カ月につき一回の割合で行っていますが、前回は二カ月に一回の割合で行われました。内容は自己紹介に始まり、ガ島戦史、礼法、骨格概要、無線交信要領etc・・・などなど必要知識の勉強や物資の仕分けなどが主でしたが、それ以上に隊員同士の顔合わせの場として大きな役割を果たしました。
2、登山訓練
登山訓練は体力づくりもさることながら、実際の無線交信や夜間行進など実地で使える技術、体験の実習を行いました。
もちろんこの訓練を通して隊員の中が深まったことは言うまでもありません。
主に奥多摩の山々で行いましたのでひょっとすると見掛けられた方もおられたかもしれません。
ちなみに体力づくりという側面からは一人平均10L(10kg)ほどの水を負荷として背負ったのですが、たった10kg、20kgというなかれ!実際に背って登ってみるとかなりしんどいのです!
今となってはいずれも良い思い出ですが^^、これらのことを行うにも「事前準備」が必要であり、何をするにしても楽ではないな〜と思い知った次第です。
次回はこちらも「隊員の団結」に一役買ったものとして、「制服」を紹介したいと思います。
嗚呼、2・・・いや、3週間も更新が空いてしまい申し訳ありません。
さてさて、もう3月を迎え、私の住んでいる名古屋では梅の花が咲いております。
一瞬あったかくなったなと思ったら、すぐに冬の気温に逆戻りし「難儀だな〜」と感じるこのごろです。
当派遣隊では、今夏実施予定の第二次自主派遣に向けて第一回会同が2月に実施され、準備が着々と進んでいます。
以前お伝えしましたように当派遣隊では傷病リスクの極めて高い密林内で、確実かつ安全に活動するため内地(日本)においての事前準備にかなりの時間を割いています。今回は数ある事前準備の中でも「物資の集結」について、具体的に何を集結しているのかをお伝えしたいと思います。
できればひとつ残らず・・・と行きたいのですが一つずつあげると170品目以上になるのでここでは大雑把な種別をご紹介したいと思います
1、糧秣(食料)
ガ島の戦史からまず学ばねばいけないことは、補給線の確保です。
当派遣隊では基本一日朝夕の2食(昼はカロリーメートなどの軽食)制度をとっており、主な献立はお湯を入れて戻して食べるアルファ米、肉(鳥、牛など)の缶詰、フリーズドライのスープなどが主でした。また、食料だけでなく、ポカリスウェットやコーヒーなどの飲料も準備してゆきました。
コーヒーや缶詰は現地で買えるものもあるのですが、アルファ米とフリーズドライのスープは日本で買ってゆくしかなく、昨年発生した東日本大震災の影響のため入手に苦労した時期もありました。
ちなみに現地の方々も同じ食卓で同じものを食べるのですが、アルファ米の中でも「五目御飯」が人気でした^^
ちなみに、これらのほかにも密林内にて採取したブッシュキャベツ(蕗みたいなもの)を煮付けたものも食べられていたようですが、私はバラナ村に一人で泊まっていたため詳しいことは分かりません。
糧秣についてはまた別途詳しくお知らせしたいと思います。
2、野営用具
これにはテント、シャワー、トイレ用テントなど野営地での生活に必要な物資が含まれます。
また、水の煮沸に用いられる大鍋、蚊取り線香、トイレ用石灰などもこの一端を占めます。
思い返せば、私が隊長殿と最初に丸山道に行った時はテントは2張り、シャワーなんてものはナシ。トイレは当然青空(実際には見えませんが・・・)
しかし今や、テントは9張り、シャワー用テントは2張り(男女別のため)、トイレ用テントは4張り(男女2張りずつ)・・・
立派になったものだな〜と思わず懐古してしまいます。
3、通信機器
これには無線機、アンテナ、電池などが含まれています。
また、無線のほかにも現地にて購入した携帯電話を中継隊では用いていました。
無線機は現地政府の許可を得た周波数帯を用い、長距離、中距離、短距離にそれぞれ分けて運用していました。
無線機自体は特に問題なく作動したのですが、無線機に用いる電池が充電したはずなのにすぐ電池切れの表示を出し、何気なく外してもう一度そのままつけたら問題なく仕えたという謎の現象が起こったりしましたが、予備を常に多く用意していたので問題は起きませんでした。
4、衛生材料
いくら予防策をとっていても不幸にしてケガや病気が発生する場合があります。
派遣隊はそのような状況にも備え、薬品、絆創膏、包帯などを梱包した衛生セットを各小隊に一セット配布しました。
幸い大きなけがなどには見舞われませんでしたが、軽い体調不良や切り傷などの際には大活躍しました。
*ちなみに、衛生セットの中にはピルケースに分けられた7種類の錠剤が入っていたのですが、それは実は私がピンセットで一つずつ勘定をして分けたものなのです。遺骨収集とは事前の地道な作業の賜物なのだなとつくづく感じる次第です
以上大まかな種別になりますが、これらの購入に際しては楽天市場をはじめとするインターネットと実際の店舗を回る足を駆使して最安値のものを仕入れるように努めました。今から思えば大変でしたが、昨日実家の防災備蓄物資更新にあたって、「そういえばこんなサイトばかり見ていたなぁ〜」と昔を思い出してしまいました←おっさん発言ですね
しかし、どんなに周到に準備をしていても人の和がなければどうにもなりません。
次回は事前会同に焦点を当て「人の和」について取り上げたいと思います。
さてさて、もう3月を迎え、私の住んでいる名古屋では梅の花が咲いております。
一瞬あったかくなったなと思ったら、すぐに冬の気温に逆戻りし「難儀だな〜」と感じるこのごろです。
当派遣隊では、今夏実施予定の第二次自主派遣に向けて第一回会同が2月に実施され、準備が着々と進んでいます。
以前お伝えしましたように当派遣隊では傷病リスクの極めて高い密林内で、確実かつ安全に活動するため内地(日本)においての事前準備にかなりの時間を割いています。今回は数ある事前準備の中でも「物資の集結」について、具体的に何を集結しているのかをお伝えしたいと思います。
できればひとつ残らず・・・と行きたいのですが一つずつあげると170品目以上になるのでここでは大雑把な種別をご紹介したいと思います
1、糧秣(食料)
ガ島の戦史からまず学ばねばいけないことは、補給線の確保です。
当派遣隊では基本一日朝夕の2食(昼はカロリーメートなどの軽食)制度をとっており、主な献立はお湯を入れて戻して食べるアルファ米、肉(鳥、牛など)の缶詰、フリーズドライのスープなどが主でした。また、食料だけでなく、ポカリスウェットやコーヒーなどの飲料も準備してゆきました。
コーヒーや缶詰は現地で買えるものもあるのですが、アルファ米とフリーズドライのスープは日本で買ってゆくしかなく、昨年発生した東日本大震災の影響のため入手に苦労した時期もありました。
ちなみに現地の方々も同じ食卓で同じものを食べるのですが、アルファ米の中でも「五目御飯」が人気でした^^
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ちなみに、これらのほかにも密林内にて採取したブッシュキャベツ(蕗みたいなもの)を煮付けたものも食べられていたようですが、私はバラナ村に一人で泊まっていたため詳しいことは分かりません。
糧秣についてはまた別途詳しくお知らせしたいと思います。
2、野営用具
これにはテント、シャワー、トイレ用テントなど野営地での生活に必要な物資が含まれます。
また、水の煮沸に用いられる大鍋、蚊取り線香、トイレ用石灰などもこの一端を占めます。
思い返せば、私が隊長殿と最初に丸山道に行った時はテントは2張り、シャワーなんてものはナシ。トイレは当然青空(実際には見えませんが・・・)
しかし今や、テントは9張り、シャワー用テントは2張り(男女別のため)、トイレ用テントは4張り(男女2張りずつ)・・・
立派になったものだな〜と思わず懐古してしまいます。
3、通信機器
これには無線機、アンテナ、電池などが含まれています。
また、無線のほかにも現地にて購入した携帯電話を中継隊では用いていました。
無線機は現地政府の許可を得た周波数帯を用い、長距離、中距離、短距離にそれぞれ分けて運用していました。
無線機自体は特に問題なく作動したのですが、無線機に用いる電池が充電したはずなのにすぐ電池切れの表示を出し、何気なく外してもう一度そのままつけたら問題なく仕えたという謎の現象が起こったりしましたが、予備を常に多く用意していたので問題は起きませんでした。
4、衛生材料
いくら予防策をとっていても不幸にしてケガや病気が発生する場合があります。
派遣隊はそのような状況にも備え、薬品、絆創膏、包帯などを梱包した衛生セットを各小隊に一セット配布しました。
幸い大きなけがなどには見舞われませんでしたが、軽い体調不良や切り傷などの際には大活躍しました。
*ちなみに、衛生セットの中にはピルケースに分けられた7種類の錠剤が入っていたのですが、それは実は私がピンセットで一つずつ勘定をして分けたものなのです。遺骨収集とは事前の地道な作業の賜物なのだなとつくづく感じる次第です
以上大まかな種別になりますが、これらの購入に際しては楽天市場をはじめとするインターネットと実際の店舗を回る足を駆使して最安値のものを仕入れるように努めました。今から思えば大変でしたが、昨日実家の防災備蓄物資更新にあたって、「そういえばこんなサイトばかり見ていたなぁ〜」と昔を思い出してしまいました←おっさん発言ですね
しかし、どんなに周到に準備をしていても人の和がなければどうにもなりません。
次回は事前会同に焦点を当て「人の和」について取り上げたいと思います。
実は先日、日帰りで千鳥ヶ淵墓苑での硫黄島からの遺骨帰還式に参加してまいりました。昨年は渇水のため2回しか実施されませんでしたが、今回189柱、前回の155柱と合わせて344柱のご遺骨をお迎えしました。
入間基地に御遺骨が到着した際には隊員総出で出迎えが行われたとのことです。また、帰還式には、関係者、ご遺族のほかに前回一回目に参加をして今回も行った方、行かなかった方も含めて多くの方が参列されていました。
ここで不思議なのは、なぜ入間基地に帰ってきた御遺骨には壮大な出迎えが行われるのに、諸外国から成田空港に帰ってきた御遺骨には全くこれがなされないのか?
また、式に一般の国民の姿があまり見られないのか?ということです。戦没された方々は現在の国民を含めての「日本」のために戦ったのだから、身内であるないにかかわらず多くの国民がこういった式典には参列すべきだと思います。
やはりこのような行事を知らない人が多いのが一因とも考えられますので、そういった面でもっとface bookやブログなどを活用してゆきたいとも思います。
ちなみに2月27日(月)から3月9日(金)まで今年度のソロモン諸島遺骨帰還政府派遣が行われます。
日本に帰ってきた御遺骨は3月9日(金)午前10時30分より千鳥ヶ淵墓苑にて派遣団より厚生労働省に引き渡され、同時に拝礼式なども行われます。是非お時間のある方には御参列いただければと思います。
詳しくは厚生労働省のHPよりご覧ください。
http://www.mhlw.go.jp/topics/2011/07/tp0725-1.html
画像は千鳥ヶ淵墓苑。

※豆知識1
ちなみに、式への一般国民の参加については、同じようなことを愛知県護国神社の宮司さんから伺ったこともありますが、耳にした時は「おっしゃる通りだな!」と深く心に残ったのです。
※豆知識2
あと、その昔は羽田空港が唯一の国際空港だった時代には、自衛隊の儀仗隊が御遺骨の出迎えに来ていたとの話も伺ったことがありますが、いつの間にかなくなってしまったようです。
入間基地に御遺骨が到着した際には隊員総出で出迎えが行われたとのことです。また、帰還式には、関係者、ご遺族のほかに前回一回目に参加をして今回も行った方、行かなかった方も含めて多くの方が参列されていました。
ここで不思議なのは、なぜ入間基地に帰ってきた御遺骨には壮大な出迎えが行われるのに、諸外国から成田空港に帰ってきた御遺骨には全くこれがなされないのか?
また、式に一般の国民の姿があまり見られないのか?ということです。戦没された方々は現在の国民を含めての「日本」のために戦ったのだから、身内であるないにかかわらず多くの国民がこういった式典には参列すべきだと思います。
やはりこのような行事を知らない人が多いのが一因とも考えられますので、そういった面でもっとface bookやブログなどを活用してゆきたいとも思います。
ちなみに2月27日(月)から3月9日(金)まで今年度のソロモン諸島遺骨帰還政府派遣が行われます。
日本に帰ってきた御遺骨は3月9日(金)午前10時30分より千鳥ヶ淵墓苑にて派遣団より厚生労働省に引き渡され、同時に拝礼式なども行われます。是非お時間のある方には御参列いただければと思います。
詳しくは厚生労働省のHPよりご覧ください。
http://www.mhlw.go.jp/topics/2011/07/tp0725-1.html
画像は千鳥ヶ淵墓苑。

※豆知識1
ちなみに、式への一般国民の参加については、同じようなことを愛知県護国神社の宮司さんから伺ったこともありますが、耳にした時は「おっしゃる通りだな!」と深く心に残ったのです。
※豆知識2
あと、その昔は羽田空港が唯一の国際空港だった時代には、自衛隊の儀仗隊が御遺骨の出迎えに来ていたとの話も伺ったことがありますが、いつの間にかなくなってしまったようです。
こんばんわ!昨日、久々に痛飲してソファーで寝てしまった管理人です。
大学生を4年間やってきましたが、最近、昔(飲み始めたころ)に比べて、酔うことが少なく、また、かなり酔っても前後不覚になることが少なくなったなと思う今日この頃です。
お酒といえば、初めてソロモンから行って帰ってきた後、飲んだ日本酒が非常にうまく感じられ、その後、戦地を訪れる際にはその地で散華した部隊の出身地の地酒を持って行くようにしています。御英霊にとっても、地元のものが一番なのではないでしょうか?
グアムに行った際には名古屋の「ねのひ」
硫黄島に行った際にはこれまた名古屋の「鬼殺し」
ソロモンには新発田の「菊水」と会津若松の地酒(名前は忘れてしまいました汗)を持っていったことが思い出されます。
また、ソロモンの場合はお酒以外にも会津若松の聯隊跡地のすぐわきの酒蔵の井戸水も持って行きました。
ちなみに、慰霊の際、玉砕部隊の出身地の地酒を持って行くのは少数派で、ほとんどの方は靖国のお神酒を持って行かれます。

持っていったお酒は慰霊法要の際、撒いたり、毎朝の拝礼式の際、お供えしたりしていました。
いまさらになりましたが、ほんのわずかですが、どうぞ喉をうるおしてください。
大学生を4年間やってきましたが、最近、昔(飲み始めたころ)に比べて、酔うことが少なく、また、かなり酔っても前後不覚になることが少なくなったなと思う今日この頃です。
お酒といえば、初めてソロモンから行って帰ってきた後、飲んだ日本酒が非常にうまく感じられ、その後、戦地を訪れる際にはその地で散華した部隊の出身地の地酒を持って行くようにしています。御英霊にとっても、地元のものが一番なのではないでしょうか?
グアムに行った際には名古屋の「ねのひ」
硫黄島に行った際にはこれまた名古屋の「鬼殺し」
ソロモンには新発田の「菊水」と会津若松の地酒(名前は忘れてしまいました汗)を持っていったことが思い出されます。
また、ソロモンの場合はお酒以外にも会津若松の聯隊跡地のすぐわきの酒蔵の井戸水も持って行きました。
ちなみに、慰霊の際、玉砕部隊の出身地の地酒を持って行くのは少数派で、ほとんどの方は靖国のお神酒を持って行かれます。

持っていったお酒は慰霊法要の際、撒いたり、毎朝の拝礼式の際、お供えしたりしていました。
いまさらになりましたが、ほんのわずかですが、どうぞ喉をうるおしてください。










