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丸山道の由来(プチガダルカナル戦記)
前回の更新から一ヶ月以上経ってしまった本ブログですが久々の更新です
前回「丸山道の由来とはなんぞ?」と言うコメントをいただきましたのでそれにお答えしたいと思います。

丸山道の「丸山」とは、第二師団長丸山政男中将の名前に由来しています。
ガダルカナル島の戦いは一行で言うならば「作ったばかりの飛行場を米軍にとられた日本軍が米軍から取り戻しに行った戦い」といえます。

最初は一木支隊が海岸沿いから攻撃しましたが、敵防御陣地に正面から突撃する形になってしまい失敗してしまいます。
続いて、川口支隊が上陸し、攻撃を行います。(第一次総攻撃)
このとき

海岸沿いに攻撃したならば一木支隊のようにやられてしまう、じゃあ、飛行場の背後のジャングルを切り分けて攻撃すればいいんじゃないか!?

ということでジャングルを切り開いて(切り開いてといっても獣道程度ですが)飛行場背後より攻撃しました。
しかし、ジャングルに阻まれ、部隊が混乱し失敗に終わります。(第一次総攻撃)

このとき切り開かれたのは丸山道とは別経路です。この道と丸山道との違いをわかりやすくいうならば飛行場を東側から行く経路がこちら、西からの経路が丸山道ともいえます。

そして次に第二師団(丸山政男中将)と第38師団が上陸してきます。
そして今回は海沿いとジャングルからの両面攻撃(海沿いは陽動)を行いました。
このとき切り開かれたのが「丸山道」なのです。
ちなみにこのときもジャングルに阻まれ足並みがそろわず、また、米軍の集音マイクに事前に察知され失敗に終わります。(第二次総攻撃)

ちなみに第一次総攻撃の際に戦闘が行われた地域は血染めの丘またはムカデ高地と呼ばれます。米軍ではエドソンリッジと呼ばれます(Edson Ridge )この付近にも多くのご遺骨が残っているはずですが、ガダルカナル島に隣の島から越してきたマライタ人がすんでおり、治安が確保できないためなかなか収集活動ができていません。(昔はできていたんですけどね)

ちなみにゲームでこのムカデ高地の戦いを再現しているものがありましたのでご紹介します
http://www.youtube.com/watch?v=Le4D-5RaQPo
今はもっと木が少ないような気がしますが・・・

再現といっても、現地の熱気、湿気はないし、死んでも生き返るし、腹は減らないし

現実とは、ほど遠いですが参考までに。

*5月11日午前1時追記:以下の1点の語彙を修正いたします。申し訳ありませんでした。
マラタイ人⇒マライタ人
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2011/04/27(Wed) | 戦史 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
コメント
--こんばんは--

とあるDVDで「丸山道」を見ましたが、その当時はどんなに大変なところだったろうか、と暗然としました。
ジャングル、と一言で私たちは片付けてしまいますがその密林というやつがどれほど過酷なものなのか。
私ならばきっと3日も持たないだろうなあ、と思います。
そんな中で奮闘された英霊に感謝しなければいけませんね。
by: 見張り員 * 2011/04/27 21:44 * URL [ 編集] | page top↑
--丸山道--

こんにちは。
しばらくご無沙汰しました。

『丸山道』。なんかとても神秘的にすら感じられる呼び名ですね。もっとも当時はもとより、現地に行かれている方からすれば、普通なのでしょうけれど。

隊長さんの記事も拝見いたしましたが、今もって昼なお薄暗い密林であること、鳥獣の鳴き声、漆黒の闇、万歳の声等々、本当に不思議な世界ですね。

ご奮闘された英霊にはもちろん感謝ですが、活動をなさる学生さん達にも感謝せねばなりません。

ガ島戦、未だ終息せず、ですね。(涙)

by: 監察官 * 2011/04/29 16:53 * URL [ 編集] | page top↑
--コメントありがとうございます--

見張り員様
私も行く前は「とりあえず木が茂っていて、暑い」のだろうぐらいに考えていたのですが、行ってみて唖然としました。
すさまじい湿気、歩くたびに足をとられるぬかるみ、全身にとげの生えた草木

百聞一見にしかずとはよく言ったものです。そのときあまり荷物を背負っていなかった私ですら、大変な思いをしているのに、武器を抱えて、飲まず食わずの兵隊さんたちがどれほど苦労をしたのか・・・
そして、そのような環境下で慰霊巡拝・遺骨収集活動の中心となっている人たちが60~90代のご高齢の方々であることに驚くとともに、我々若い世代が頑張らねばと痛感したのでした。
by: フロッグクレーン * 2011/05/02 01:55 * URL [ 編集] | page top↑
--コメントありがとうございます--

監察官様

過大なるお褒めの言葉ありがとうございます。
しかしながら、我々学生が活動できるのは、我々の活動を日々支援し、応援してくださっている皆様のおかげであり、また、学業の傍らこのような活動ができる、豊かな国を残してくださった先人のおかげでもあります。
そう考えれば、我々与力のあるものが先人のためにできることをするのは当然のことといえるとも思います。

今後ともご支援ご声援のほどよろしくお願いいたします
by: フロッグクレーン * 2011/05/04 10:41 * URL [ 編集] | page top↑
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