スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
準備~出発まで
大変申し訳ありません!!!

大変長らくブログの更新が開いてしまいましたが、やっとこさ現地での活動を書いてゆこうと思います。

実は私、二週間の派遣期間も含めて1ヶ月ほど名古屋の実家に帰っておりませんでした。
この間何をしていたのかというと、あれやこれや楽しいことを・・・・・・・と書いてしまいますと、いらぬ誤解を生みますので、詳しく書きますと派遣を除く前半の二週間のうち一週間は東北旅行を、あとの1週間はガ島派遣のための直前準備をしておりました。

東北旅行のことはまた別途詳しく触れたいと思いますが、新潟、会津若松、郡山を一週間かけて周回しておりました。
会津では地震の爪あとは見られませんでしたが、仮設住宅や宮古ナンバー(大津波の被災地)の車が多く見受けられました。また、やはり観光客も減ってしまい苦労されているようでした。

直前準備ですが、今まで一年半もかけて準備してきたのだから結構気楽なんじゃないか?と思われる方がおられるかもしれませんが、そんなことはありませんでした。


前回私と隊長殿が、偵察に行った際は、期間は1週間、人数も我々二名と現地の方四名の合計6人でしたので、せいぜい2人の背嚢(リュック:60リットル)2つとダンボール2,3個だったのですが、今回は期間は2倍の2週間、人数も現地の方を合わせて30名前後と前回の5倍・・・

もうお察しかとお思いですが、食料だけでもとんでもない数になるのです!!!これに個人の装備品(衣類など)と団体装備品(テント、無線機など)をあわせるとダンボールだけで10個以上になってしまったのです!

余談:隊長殿も「派遣隊専用で輸送機が欲しいよ」といわれていました。ちなみに機種は一式陸攻をご所望だそうです(一式陸攻は輸送機じゃないのですが1.5トンほど積めますからね。私は二式大艇のほうが妥当だと思うのですが)。


これだけの荷物でしたので、直前準備も大変でありました。日中は派遣隊員の中からこれる方が集結し、6名ほどで準備を行うのですが、夜間は私と隊長殿の2名で毎晩3時ぐらいまで連日、準備を行いました。物資の数の最終確認や段ボール箱に番号を振ったり、リストを作ったり、各種書類を作ったり・・・・ここに書くだけなら簡単ですが、いざやってみると大変でした。

これを出発の日は隊長殿の車(ワゴン車)ともう一台の隊員所有の車(軽自動車)に分けて臨んだのですが、隊長殿の車は分けたとは言うもののあれだけの荷物を積み込んだ上、人まで乗ったのですから、後輪のタイヤがひしゃげた状態で成田に向かいました(汗)

成田空港では、預け入れ荷物の重量制限の関係から集まった隊員の背嚢に詰められるものは詰めなおす作業などを行い結団式に望みました。結団式には、内地に残られて留守隊として任務を遂行される方、来年度以降の派遣に参加を希望されている方々と私の所属するJYMA日本青年遺骨収集団の理事長などがこられていました。

結団式では戦友の方々よりいただいたメッセージが披露されました。ここで改めていかに我々が、戦友の方々の期待を背負って旅立とうとしているのかを認識したしだいでありました。

そして、我々は出国ゲートをくぐりはるかソロモンの地へと旅立ったのでした。(続く)



(画像は空港に集結した荷物です。これだけでも全体の半分ほどしか写っておりません)
画像 064

スポンサーサイト
2011/10/15(Sat) | 活動報告 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://gatomaruyamajisyu.blog109.fc2.com/tb.php/21-7780b180
前のページ ホームに戻る  次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。