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活動1日目 宛:アウステン山バラナ村 (ガダルカナル:三日目) 前編
今回はついにやっと活動について触れたいと思います!!

これをごらんの方の中には「前置きが長すぎる!」「文才がない!」などとお考えの方も多いかと思います。

後者は認めるしかないのですが(汗)、我々の活動は繰り返しますように、文明の手がほぼ届かない密林の奥地での活動でしたので「準備九割、活動一割」との考えの下で一年半準備を進めてまいりましたので、どうぞご勘弁いただきますようお願いいたしますm(_ _)m


今回我々は本隊、中継隊、後方支援隊(以下後支隊)の3体制で活動を行いました。
それぞれの役割としましては

本隊・・・密林内に野営し、丸山道上、並びに第一野戦病院での収容活動
後支隊・・・メンダナホテル(後支隊本部)に宿泊し、補給、緊急時に備える
中継隊・・・バラナ村(アウステン山)に宿泊、常駐し、本隊~後支隊間の無線中継、ならびバラナ村周辺で の収容活動

以上となります。ここでなぜ本隊と後支隊との間で無線中継が必要なのか不思議に思われるかもしれません。
本隊が活動、野営する丸山道と後支隊本部のメンダナホテルとの間にはバラナ村のあるアウステン山(ギフ高地)が聳え立っており、直接の交信は不可能となります。そのため、中間地点のバラナ村において無線を中継する必要があるのです。また、丸山道だけでなくギフ高地も激戦地の一つであり、いまだに多くのご遺骨が帰国の日を待っておいでになります。そのため、中継隊では、中継業務の合間を縫って、収容活動を行いました。

活動の一日目の朝は早く、0530起床、0600丸山道へ向け進発しました。
さすがに皆気合が入っているためか、寝坊した者はおりませんでした^^

丸山道に行く前にバラナ村に、立ち寄りました。
このバラナ村はこの派遣隊計画が立ち上がる前より、先代の村長様のときより遺骨収容活動に協力していただいております。今回の自主派遣では丸山道での道案内を含めたさまざまな支援のためにバラナ村より多くの方々に日当を支払い、ご協力いただきました。

村では、今回、村を挙げての協力体制に感謝し、今後の双方の友好を確認するため、お米とノートを村に寄付する記念式典を行ったのち、朝食をとりました。


朝食後、先代村長のピーター村長の墓地に拝霊後、渡河点に向けて、出発しました。
このときは後支隊の方々もともに渡河点まで進出しましたので、村には中継隊の私だけが残りました。(渡河点についてはまた次回触れます!)



今回は一端ここで打ち切り、次回に持ち越したいと思います。次回は中継隊の村での活動を主に紹介したいと思います。
卒論などまた立て込んで来ていますが、なるべく一週間以内に更新したいと思いますm(_ _)m

次回予告・・・  画像 068

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2011/11/05(Sat) | 活動報告 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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