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あけましておめでとうございます
2012年 あけましておめでとうございます。
第一次ガダルカナル島丸山道自主派遣隊が行われてから初めての、ブログを開設してから2回目の元旦を迎えました。

思えば早いもので第二次派遣隊の募集も昨年末から始まっております。
このブログも始まってはや1年と幾日。この間にどれだけ皆さんに自主派遣隊の事をお伝えできたのかと反省を含め振りかえる次第です。

今後とも自主派遣隊の事をお伝えしてゆきたいと思いますので宜しくお願い致します。

最後に昭和18年1月14日にお亡くなりになられた若林大尉が昭和18年元旦に表された電文を掲載したいと思います


「ガ島」の春
陸軍大尉 若林 東一 命
昭和18年1月14日
ガダルカナル島にて戦死
山梨県南巨摩郡南部出身 31歳


「ガ島」第一線に新春を迎ふ。
将に必勝の元旦なり。
謹みて聖寿の萬歳を寿ぎた奉る。
我が中隊本朝一粒の食なきも、士気極めて旺盛なり
水筒一杯の水は滾々(こんこん)として活力の泉となる。
既に死生なく、任務は重し。
若林第一線に在るからは、願くば御安心を乞ふ。

元旦や糧なき春の勝戦
昭和18年1月元旦

於見晴台第10中隊長
若林 東一


【昭和41年1月靖国神社社頭掲示】
(英霊の言乃葉 第一巻より)
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2012/01/06(Fri) | 告知、ごあいさつetc | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
コメント
--こんばんは--

今月発売の「歴史群像」の丸山道遺骨収集の記事を拝見いたしました。
本来なら国が率先してすべきことをしないということ。そしてそれを心ある若い人たちが率先してなさているという現実がそこにありました。
どちらが人間として「優れている」かはいわなくても、読まれた方にはよくおわかりのことでしょう。
どんどん志ある人たちが参加されることを願うものです。

若林東一大尉の「ガ島の春」。
淡々とした言葉の中に強い意志が感じられます。どんな状況にあっても希望を捨てない、捨てたくない。そんなお心が伝わるような言葉ですね。

こういう正月を過ごして、そして亡くなっていった日本兵の皆さんがいたということを今の日本人にもっともっと知ってほしいですね。
「知らないこと」「知ろうとしないこと」の怖さを感じます。
by: 見張り員 * 2012/01/07 21:20 * URL [ 編集] | page top↑
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歴史群像の記事をいち早くご覧いただきありがとうございます。この派遣隊の目的の一つに奥地での活動する前例を作ることがあります。とはいうものの、いくら前例を作ったところであのような奥地で現在の厚労省派遣隊が無事に活動できるのか疑問です。
そういった意味では、日本も各国のように軍事組織が担当すべきだと考えます。しかし、その日が来るまで、ご英霊をお待たせするわけにいきませんので我々は今後とも活動してゆきたいと思います。

より多くの方に広めるためにも、このブログを続けてゆきたいと思います。

by: 管理人 * 2012/01/12 21:27 * URL [ 編集] | page top↑
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