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隊員寄稿シリーズ第一弾①:日本からガ島まで
お久しぶりです!気がつけばすっかり寒くなってしまいました!

寒いといえば、ガダルカナル島は南国ゆえ、寒さとは縁がないと思われるかもしれませんが、密林内は朝夕にかなり冷え込みます。テント内に結露が見られるほどです!このため派遣隊員は必ずセーターやフリースといった防寒装備を現地に持ち込んでいます!

さて、今回から隊員寄稿シリーズと題しまして、派遣隊に実際に参加した隊員からの寄稿を掲載してゆきたいと思います!
第1弾は第3次派遣隊に参加したIさんからの寄稿になります。


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こんにちは。第3次自主派遣隊隊員のIです。千葉県で僧侶をしています。

 今回から数回に分けて、今年(2013年)8月に行われたガダルカナル島(以下ガ島)第3次自主派遣隊の活動内容を紹介したいと思います。

 第3次自主派遣隊では、計26名にて、8月17日~31日までの2週間(後発隊は8月24日出発の1週間)の活動を行いました。戦争の犠牲者である方々の魂を供養することは、後の世代である私たちの責務であると感じています。第3次自主派遣隊では、社会人や既に引退された方々はもとより、大学生・大学院生など若い世代の方々も多く参加され、誠に頼もしい限りでした。

 今年はガ島の戦いが終結してからちょうど70年目にあたります。この長い時を経ても、未だに日本から遙か遠くのガ島の密林で忘れられている多くの英霊は、成仏得脱の救いを今か今かと待ち望んでいることでしょう。重い武装を背負わされ、食料も十分に与えられず、マラリアで苦しみと飢えの中亡くなっていった多くの方々を思うと、我々の活動を通じて少しでも供養と報恩の誠を捧げたいと思っています。

 私は後発隊の一員として参加しました。成田空港で後発隊員の皆さんと集合しましたが、準備会や事前の登山訓練でお互い見知っており、今では全員志を同じくする仲間として、熱い気持ちを共有しています。

 ガ島までは成田から直行便がないので、パプアニューギニアのポートモレスビーで乗り継ぎをします。待ち時間も含めると計15時間の空の旅です。改めて、英霊の方々が赴いたガ島というところの日本からの遠さを思い知らされます。

 飛行機からガ島を見ると、建物が見えるのは海岸付近に集中しており、内陸部はほとんどが密林に覆われています。密林の中は、ときどき曲がりくねった川が見えるだけで、家も道も見えません。まさに、密林の島です。

 到着した我々後発隊を、ガ島独特の暑さが出迎えてくれました。茶褐色の肌の人々、椰子の葉で屋根や壁を覆った高床式の住居。何もかも日本とは異なるこの地で、飢えと病の戦いを強いられていた英霊達の心中はいかばかりであったかと思わずにいられません。

 我々は、早速先発隊と合流し、翌日からの密林活動に備えて準備を行いました。
 次回は、実際の密林内での活動を中心に紹介したいと思います。


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<告知>

第一次自主派遣隊の活動が「歴史群像」に掲載されました!

*新聞報道のお知らせ
8月10日付読売新聞(夕刊)と8月15日付け産経新聞(朝刊)に当派遣隊が掲載されました。
・産経新聞「大学生「一柱でも多く日本に」 ガダルカナル島で17日から遺骨収集活動」
・読売新聞「激戦の島 学生が遺骨収集」
2012年8月に行いました第二次自主派遣隊の活動を紹介するスライドがYOU TUBEにて公開されましたのでご紹介いたします。




第一次自主派遣隊のスライドも引き続き公開中です!


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2013/11/22(Fri) | 活動報告 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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